東光商事株式会社
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TOKOヒストリー
[Chap.1] TOKOの黎明
[Chap.2] 成長の時代
[Chap.3] 世界への挑戦
[Chap.4] 業態を超える
[Chap.5] さらなる飛躍へ
A day at TOKO
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TOKOの黎明 成長の時代 世界への挑戦 業態を超える さらなる飛躍へ
TOKOの黎明
  十五歳で故郷を出て、二十歳で海外に。そして二十五歳で念願の独立を果たす。
  七十年におよぶ東光商事の歴史を語る上で、創業者、光井司郎(1911年-2004年)の歩んできた道を語ることは欠かせない。明治四十四年、近江の地に生を受けた光井司郎は、若干十五歳にして繊維の世界へ足を踏み出す。大正十五年に故郷の滋賀県甲賀郡土山町を後にして、船場の西武商店に丁稚奉公として就職したのが始まりである。毎日、他の店員に先駆けて朝一番に起床し、掃除や使い走りなどで夕刻まで一心不乱に働きつつも、夜は商業学校の夜間部に籍を置き、英語や簿記、社会学から中国語や柔道にいたるまで、何でも貪欲なまでに学んだ。

最初の転機が訪れたのは二十歳の頃だった。奉公人の立場でありながら、自ら海外営業を志願した光井司郎。願いは見事に受け入れられ、生地見本をドッサリと詰め込んだカバンを下げて、ひとり朝鮮に渡ることになった。翌日から、さっそく現地の問屋を回る毎日。苦労の甲斐あって一年ほどで販路の開拓に成功したが、すぐに後継者にバトンを渡し、今度は新たな開拓地である台湾へ。再び大阪の店に帰ってきたのは三年後のことだった。海外旅行する者も稀であった昭和初期に、光井司郎は身をもって海外営業のノウハウを修得していったのだった。

そんな経緯もあって、光井司郎の名前は当時から船場界隈(多くの問屋・商社が本社を構え、繊維の街として有名な地域。大阪市中央区本町近辺)で知れ渡っていた。そして昭和十一年、二十五歳にして念願の独立を果たす。看板に書き記された屋号は、光井商店。この光井商店こそが、現在の東光商事のルーツだ。創業の翌年、大東亜戦争のきっかけとなるシナ事変が勃発。社会全体が不穏な空気に巻き込まれていった。統制経済が敷かれる最中の昭和十七年、東光商事株式会社が設立され、新たなスタートを切ることになった。
昭和12年 当時の社員と
光井司郎 昭和13年 27才
 
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